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人はなぜスポーツを…

ご存知ないかも知れませんが,私,これでも一応トライアスリートやってます.
しかし最近,訳あってレース活動を一時休止しているのです.また,トレーニングについても以前の半分程度になってしまいました.

このような以前とは違う生活を始めた当初は,「レースには早く復帰したいし,でもトレーニングする時間はないし」とジレンマを抱えてそれがある意味ストレスになっていました.でも,そんな生活を1ヶ月ほど程続けてみると,私の生活の中でトライアスロン,いえスポーツをすることの優先順位が低くなっているのに気がついたのです.なんと不覚にも,自分の生活に「ゆとり」がなくなった時,最初に自分の生活から切り離してしまったのがスポーツだったのです.その時,私はふと「あっ,こうして,人はスポーツから離れていくんだな…」と思ったのです.スポーツはあくまでも「ゆとりのある生活」があって初めて成り立つものなのかと感じ,最近の企業スポーツの縮小の意味を改めて納得したりもしました.(ここで言う「ゆとり」とは何も物理的なことばかりではなく,精神的な部分も含まれています.)

このようなちょっとした生活の変化だけでスポーツから遠ざかってしまうような経験というか心理構造は誰でも持ち合わせているのではないかと思います.しかしながら一方で,「本当にそれで良いのだろうか」という疑問も沸いてきたのです.

本来スポーツは「ゆとりのある生活」を送るために日常的に行われるべき営みであるはずなのに,「ゆとり」がないと,スポーツから離れていってしまうなんて….
残念なことに,現在の日本におけるスポーツの価値はないに等しいといっても過言ではないと私は思います.価値が低いからこそ,「ゆとり」がなくなるとスポーツを切り離していってしまうのではないかと思うのです.

では,なぜ日本におけるスポーツの価値が非常に低いものなのでしょうか?それは,日本においてはスポーツが文化として確立されていないからなのでしょうか?
しかし,これは何もスポーツに限ったことではないようです.ある人がおっしゃっていた言葉なのですが,日本は「文化消費大国」なんだそうです.

現在,東京都内では実に多くのクラシックコンサートが開かれ,どれも満員だそうです.この事実から一見すると,日本は非常に文化的に成熟している国のような感じがしますが,決してそうではないと.クラシックコンサートのチケットは非常に高額なものであり,それなりに「ゆとりのある生活」を送っている人達だけがそれを購入しているのではないかと思われます.本来,「ゆとりのある生活」を送るための音楽でなければならないのに,「ゆとりのある生活」を送っている人達だけがその恩恵を受けている.これでは,本当の意味での文化的成熟ではない.

欧米では,自分達の生活が苦しくなろうとも税金を支払い,自分の住んでいる街にコンサートホールを設立するのだそうです.それは音楽が「ゆとりのある生活」を送るために自分達の生活の中に不可欠なものであり,本当の意味で自分達の生活に音楽が密着しているからなのではないかと思います.
これがまさに文化的成熟なのではないかと….

さて,話題を元に戻し,スポーツに目を向けてみますと,日本においてスポーツが果たして文化として成り立つものであるのか否か,また,スポーツは文化だといえた(いった)としても,果たしてそれが本当に文化的成熟を意味するものなのか,それは現時点で答を出すのは非常に難しいと私は思います.しかし答えが出ないからといって,私たちがただ指をくわえて待っていてはいけないと思うのです.

最近の日本におけるスポーツ界でのトピックスの一つに「地域密着型のスポーツクラブ」があります.恐らく,今後のスポーツ活動の中心に位置するのは「地域(密着型)スポーツクラブ」になるでしょう.しかし,本当の意味での密着が出来るのか?スポーツが「ゆとりのある生活」を送っている人達だけが楽しむものではなく,「ゆとりのある生活」を送るために楽しむものにすることが出来るのか?それが私たちの今後の課題であり使命であるのではないかと思う今日この頃です.


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